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無敵のおかあさんになるために

 昨日のエントリー(http://hayashinaoko.hatenablog.com/entry/2014/02/26/223916)を書いていて、では数多いる武道家の中でどれだけの人が「無敵の探求」のために修業しているのかなあ、と考えました。

 私の父は常に敵を探しているような人で、その敵は最終的にはいつも私でした。

 「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ」に始まって、最後はいつも「お前が生まれたせいでオレの人生は失敗した」の結論に至ります。

 娘たちに剣道を強要したのは、自分では叶えられなかった「最強剣士になる」夢を子どもに託すというありがちなパターンだったのですが、剣道を元々好きではないし、失敗すれば後で父にひどく殴られるとわかっているので萎縮してしまう。剣道そのものより、父の機嫌を損ねないためにはどうすればいいかばかり考えていました。

 試合の前は「お前なんかどうせ負ける」「負けたらただで置かない」と正反対の言葉で責め立てられ、実際負けると「それ見たことか」と殴られ、その後何日何週間何ヶ月下手すると何年にも渡って「あの時のお前はああだった」と同じことをぐちぐちぐちぐち言われ続けます。

 そしていつも「自分は本当は天下無敵だが、娘に邪魔されてそれが叶わないだけ」とうそぶいてました。今思えば剣道は揚げ足取りの材料に過ぎなかったのです。

 今はそれが父が弱く惨めであることのあらわれでしかないと分かるのですが、子どもの私にそれが分かるわけもなく、いつも父の顔色を伺って暮らす毎日でした。でも父は私を攻撃するために些細なミスをあげつらってきます。生きるのが本当に辛かった。死ぬのは怖いけれどこのまま生きているよりマシだろうと思っていました。

 悲しいかな私は父にとてもよく似ているので、父の思考回路はよく分かります。弱さゆえ敵を探し、それを攻撃することで何とか自分を保っていられる(つもりになっているだけ)。父に似ていることを自覚したときはショックで辛かったですが、似ているからこそ繰り返さない自分を目指すことはできるはず。

 そしてもし息子が生まれていなかったら、弱い自分をここまで自覚することもなかったでしょう。息子よありがとう。育児は育自だよホント!

 息子に幸せに育ってもらうために、今日もおかあさん修業に励みます。