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『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳

 『子は親を救うために「心の病」になる』(http://hayashinaoko.hatenablog.com/entry/2014/04/21/141225)に続き、著者の本を読むのは2冊目。

 著者は虐待を受けて育った人間のことを「異邦人」と呼ぶ。「異邦人」はその他9割の「普通の人」とは異なる世界に住んでいて、考え方や感じ方も「普通の人」とはまるで違う。この本では彼らの生き方を通して、幸せとは何かを模索していく。

 彼が診察した何人ものクライアントの経験談のうちのひとつを自分のことのように読んだ。

 母がどういう気持ちでいきなり怒り出すか分からない。機嫌がいい時もあるけれど、いきなりパーンとひっぱたかれることもある。だから、どのあたりに距離をおいて暮らしていいのか分からなかった。呼ばれたらすぐ行かないといけない、でも、あまり近くにいると何かの拍子に『餌食』にされる。だから、私は幼稚園の頃に『透明人間』になることに決めた。
 家の中で、私はいるけど、いない。
 私の居場所はなかったし、私はいなかった。

 『餌食』にされる、という感覚がすごくよく分かる。父も私を餌食にするきっかけをいつも探していたから。毎日毎日怒りのスイッチが入りませんように、と願いながら暮らしていたけれど、それも虚しく、必ずそのスイッチは入ってしまう。彼にとってきっかけは何でも構わない、子どもに向かって爆発さえできれば良かったのだから。でもそんな大人の事情は当然子どもには分からない。ただ怖くて辛くて惨めなだけだ。


 著者は幸せについて

人生の幸せは、三つのことが実現できていればいい。
1.美味しく食べることができる
2.ぐっすり眠ることができる
3.誰かと気持ちが通じ合うことができる
これが、私が被虐待者(異邦人)から教えてもらった最初のことである。

 と書いている。つまり、被虐待者(異邦人)は、普通の人にとって当たり前のこれらが実現できていない。

 でも、読んでいて「これは育児中の親(特に低月齢の子の)にも実現は難しいのでは……」と思ってしまった。

 1.「美味しく食べることができる」食事は子が寝ている隙に立ち食い同然……はまだマシな方で、息子はショートスリーパーの上いつも泣いて泣いて泣いてばかりだったので、授乳飯(授乳しながらの食事)が当たり前だった。食べ物の味なんてもちろん分からない。
 2.「ぐっすり眠ることができる」夜は2時間置きにギャー!と泣かれるので安眠なんて夢のまた夢。
 3.「誰かと気持ちが通じ合うことができる」夫は激務で深夜帰宅、頼る実家もない。子どもは寝たきりでただ泣くばかり。話し相手は猫だけ。

 息子が歩き出すまで、去年は毎日だいたいこんな感じだったのだけど、常に緊張していて自分の居場所がなくて八方塞がりなこの感覚、実家にいた頃と同じだな、となんとなく思っていた。そういうことだったのか。育児辛くて当然じゃないか。

 唯一にして最大の違いは、赤ん坊は全力でこちらの存在を求めてくること。だからこちらも全力で応えなければならない(もちろん、虐待する親も子どもを必要とはしているけれど、表面上はそんなことをおくびにも出さず、子どもを全否定することに終始する)。全力で赤ん坊に向き合っているうち「消えたい」という気持ちを抱かなくなっていることにふと気づく。すごい荒療治だったけれど、子どもが私を救ってくれた。


 子どもの頃から世界を二重に感じていた。ひとつは親が子を思い、子が親を思うのは当たり前の、平和で穏やかな世界。もうひとつは、確かなものなど何もない、常に存在の危うさを感じ続けている不安定な世界。
 誰かとやり取りするときはいつも、本やテレビから学んだ前者のフィルターをかけることを忘れないようにしていた。私がいまある後者の感覚は「普通の人」には通じないから。
 でも私が曲を作ったり詞を書いたりこうやって文章を書いたりするのは、おそらく後者の世界の中で行われることだ。

 今は息子も成長して、私もそれなりに食べられるしそこそこ眠れるようにもなった。誰かに理不尽に罵倒されたり殴られたりする心配もないし、毎日平和に暮らすことができる。それでも私の世界は二重のまま変わらない。多分これからも一生変わらないだろう。生まれてから20年以上、生きのびるためにそうしてきたのだから。

 この本でそのふたつの世界が明文化されていてすっきりした。長いこと生きにくさに悩んでいたけれど、もはやそれは良い悪いではなく、私の強みなのだと思えた。
 著者は、後者を「異邦人」で構成された「辺縁の世界」と呼ぶ。そして新しいものは「辺縁の世界」から始まる、とも書いている。

 自分を必要としてくれる誰かがいて、居場所や役割がちゃんとあるのは、何にも増して幸せなことだと思う。そのことに深く深く感謝しながら、私はこの二重世界をもう一度生きていく。家族とともに。

消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ (単行本)

消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ (単行本)